No. 42
平成31年2月7日(木) 曇り
前回の続きです。(^^)
「飛鳥へ、そして まだ見ぬ子へ」
井村さんの言葉が重すぎて
中途半端に要約するのを避けました。
間違って伝わって欲しくありませんでしたので
文章をそのまま載せました。m(__)m
心に響く箇所が本当にたくさんあります。
今回も少しだけご紹介 (^^)
生きがいとは何か、
とよく尋ねられます。
私は、生きがいとは、
自分を必要としている人がいることだ、
と思います。
それは配偶者でも子供でもいい
友人でも働く職場でもいいのです。
私の場合、
私の生きがいは、
私を必要としてくれる人々、
すなわち、
妻であり子であり親であり、
多くの患者さんであり徳洲会病院での仕事です。
そして、
北陸にいる多くのリハビリを必要とする患者さんです。
生きがいを持てる、
こんな大切なことはありません。
みっつの不幸について
病人にとって大変苦しいことが、
みっつあると思います。
そのひとつは、
自分の病気が治る見込みのないことです。
ふたつめは、
お金がないことです。
みっつめは、
自分の病気を案じてくれる人がいないことです。
私はその中でも、
このみっつめの不幸が一番苦しかろうと思います。
次にご紹介するところが
私がこの本を読んで
一番印象に残っているところです。
肺への転移を知ったとき、
覚悟はしていたものの、
私の背中は一瞬凍りました。
その転移巣はひとつやふたつではないのです。
レントゲン室を出るとき、
私は決心していました。
歩けるところまで歩いていこう。
その日の夕暮れ、
アパートの駐車場に車を置きながら、
私は不思議な光景を見ていました。
世の中がとても明るいのです。
スーパーへ来る買い物客が輝いてみえる。
走りまわる子供たちが輝いてみえる。
犬が、
垂れはじめた稲穂が、
雑草が、
電柱が、
小石まで輝いてみえるのです。
アパートへ戻ってみた妻もまた、
手をあわせたいほどに尊くみえました。
病院を去る朝、
私は朝礼で、暫くのお別れを述べました。
それが終わるや沢山の人々が私の手を握ってくれました。
中には、
私のために泣いて下さる方もいる。
胸が一杯になりました。
ありがたいことです。
郷里に戻りますと、
父が毎朝、
近くの神社へ私のために参拝していることを知りました。
友人のひとりは、
山深い所にある泉の水を汲み、
長い道程を担いできてくれました。
これは霊泉の水で、
どんな病気にでも効くと言われている。
俺はおまえに何もしてやれなくて悲しいので、
おまえは笑うかもしれないが、これを担いできた。
彼はそう言って、
一斗以上もありそうな量の水を置いてゆきました。
また私が咳き込み、苦しそうにしていると、
何も分からぬ娘までが、
私の背中をさすりに来てくれるのです。
みんなが私の荷物を担ぎあげてくれている。
ありがたいことだと感謝せずにはいられません。
最初から終わりまで
常に感謝の言葉があります。
本の元のタイトルも
「ありがとう、みなさん」
です。
冒頭、ふたりの子供たちに
「星の王子さま」の中の言葉を贈っています。
大切なものは、いつだって、目に見えない。
人はとかく、目に見えるものだけで判断しようとするけれど、
目に見えているものは、いずれ消えてなくなる。
いつまでも残るものは、目にみえないものなのだよ。
まだ、お読みでない方は
ぜひ読んでみて下さい。
いつも長原整骨院のブログをご覧いただきまして
ありがとうございます。m(__)m